イエスキリストの墓が日本にある!?
今回は青森県にある不思議なスポットをご紹介いたいと思います。
私も青森県に住んでいたタイミングでたまたま地元の人から聞いた話なのですが、青森県のとある村に”イエス・キリストのお墓”あるみたいなんです。
驚くのも無理はない、、、、
だってイエス・キリストのお墓が日本にあるなんて普通に考えたら絶対にありえないでしょ。
しかし、そんな現実的にありえないと思う場所に実際に行ってみるとなかなか信憑性のある記述がみつかったんです。
キリスト教徒が信じる一般的なキリストのお墓
聖地エルサレム
キリスト教徒がキリストのお墓はどこですか?と聞かれたらまず頭に浮かぶのは聖地エルサレムにある「聖墳墓教会」が一般的です。
しかしこの場所にキリストの亡骸(聖骸)は存在していないことは以前からの調べで既に明らかになっています。
ではキリストの亡骸はどこへ行ったのでしょうか?
神性キリストと人間キリスト
諸説あるキリストのお墓の伝説
キリストのお墓ということでまず考えてもらいたいのが、キリスト教を信奉する人々にとって、聖者キリストの遺骸は存在しないことになっているということなんです。
このことについてはいろいろと説があるのですが、キリストが十字架に磔にされたときに神性キリストは人の体から分離したとされその後に処刑されたのは人間の身代わりであるキリストであるというのが一つの説として挙げられています。
これにより神として崇められている神聖キリストとは実体として存在しないものであり、既にその魂は天に昇っているという解釈になります。
そうするとキリスト教の信者にとってキリストの遺骸は神性を失った人間キリストの物であり、信奉する対象ではないと考えられているのでお墓そのものがさして重要ではないのかもしれないです。
お墓の在り処その①
インド・カシミール
イエス・キリストが磔から救い出されてユダヤの地から東に向かったという説があります。
インドのカシミール地方に「イエス」と書かれたお墓がみつかっており、そのお墓を守っている家族だけがイスラム教へ改宗しないことをゆるされユダヤ教のままでいる。
お墓にはヘブライ語の記述がありそれによればイエス・キリストはカシミールで112歳まで生きたとされているんですが、もしこれが本当だとするとかなり大往生でお亡くなりになったんですね。
お墓の在り処その②
南フランス
南フランスにある小さな村「レンヌ=ル=シャトー」に財宝が隠されているとフランスの作家であるジェラール・ド・セードが発表してからこの地にはトレジャーハンターが多く訪れるようになった。
そんな財宝伝説の地にあるお墓に記された碑文にはこうある「ET IN ARCADIA EGO」
これはアナグラムと解釈する人がいて「I TEGO ARCANA DEI」→「立ち去れ! 私は神の秘密を隠した」と読むことができるとして神の秘匿とはイエスキリストの血脈を想定して、シオン修道会がそれを守っているのでこの地にキリストの墓がある可能性を示唆しているとあります。
キリストの血脈とシオン修道会というワードはキリスト教最大の謎に迫る映画「ダヴィンチコード」を連想させるワードですね。
お墓の在り処その③
青森県新郷村
新郷村はもともとは戸来村(へらいむら)という名前でルーツはヘブライからきているという記述があります。
そして新郷村にあは十来塚と呼ばれる場所があって、古文書によればそこにイエスキリストの遺骸があるとされています。
ゴルゴダの丘で身代わりに処刑されたのはイエスの弟のイスキリでイエスは日本に逃れて日本人の妻を持ち子供まで設けているとされているのです。
突拍子もないない話しですが、、、、(;一_一)
あのイエスキリストが日本に来ていたなんてそんな話が信じることができるかと言われると信じられませんよね。
しかしそんなとんでも話も信じてしまいそうになるくらいの伝承があるんですよね~
・旧家の家紋が六芒星に似ている。
・生まれた赤ん坊を初めて外に出すとき額に十字を書いた。
・父親をアヤ(アダ)と呼び、母親をアバ(ガガ)と呼んでいた。
しかも2004年には新郷村に、イスラエル東部のエルサレム市の「友好の証」として石碑が寄贈されており、キリストの墓近くでみることができるんです。
もともと東北地方の山奥には隠れキリシタンの里がいくつもあったという話も残っているくらいなので、日本人は昔からキリスト教とは縁があると言えますね。